2019/10/18
ハービー・ハンコックがワーナー・ブラザーズ・レコードに残した3枚の名作アルバムを聴こう♪
ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックがワーナー・ブラザーズ・レコードに残した名作アルバム3枚をご紹介します。
クロスオーバー期のハービー・ハンコックによる実験作!
前回ハービー・ハンコックのデビュー作から7作品続いたブルーノート・レコード時代のアルバムをまとめてご紹介しました。
ハービー・ハンコックがブルーノート・レコードに残した名作アルバム7枚のおすすめ♪
その続きで、今回はブルーノート・レコードから大手ワーナー・ブラザーズ・レコードに移籍したからリリースした3作品をご紹介したいと思います。
マイルス・デイヴィスの黄金のクインテットを退団後にワーナー・ブラザーズで制作した3作品!
1962年にブルーノート・レコードにて初リーダー作『Takin’ Off』を録音したハービー・ハンコックは、マイルス・デイヴィスのクインテットに参加しつつも自身のリーダー作もコンスタンスに制作していました。
その間にもブルーノート時代の9年間で、ドナルド・バードやハンク・モブレーにケニー・ドーハム、グラント・グリーンにウェイン・ショーター等数多くのミュージシャン仲間のアルバムに客演しています。
1968年にマイルス・バンドを正式に退団してからは、(その後何度もゲストで客演はしています。)より自身のキャリアを推し進めていくことになります。
ハービーは生まれ持った音楽の才能だけでなく、子供時代にクラシック音楽の教育も受けているので作曲能力に関しても感性だけで作っていたわけではありません。
しっかりとした音楽理論を持ってして『新しい音楽』をクリエイトし続け、しかもピアノの腕前も超一流とくればブルーノート以外のレコード会社からも引く手あまただったことでしょう。
そんな中で、ブルーノートの次にハービーが選んだ音楽レーベルが大手ワーナー・ブラザーズ社でした。
このワーナー期の1969年~1972年の間にハービーは実験的な作品を3枚残しています。
この後、マイルス・デイヴィスも在籍していた大手コロンビア・レコード(CBS)に移籍することになるのですが、ブルーノートとCBSの間にあるこの3作品もハービーを語る上で外せない作品だと思います。
ハード・バップ+ジャズロックから始まり、新主流派(モードジャズ)とブルーノート期に進んでいったハービーは、その後CBS期にジャズファンク/フュージョンへと進んでいくことになります。
その間のワーナー期は、当時のジャズシーンの流行りと同じくクロスオーバー系(電子楽器とロックを大胆にジャズに混ぜたようなスタイル)の音楽を演奏していました。
この頃から電子鍵盤系の楽器が発展していったという時代性もあり、ハービーが様々なエレクトリック・ピアノを用いて実験的な音楽をクリエイトしていきます。
それまでの4ビートや8ビートのストレートなジャズと違って、16ビートやポリリズムを取り入れたクロスオーバー期の音楽は、実は僕の好きなスタイルだったりします。
なので、ぜひともブルーノート期のスタンダードなジャズを演奏していたハービーを聴いた後には、今回ご紹介する3作品に進んで聴いてもらいたいな~と思います。
それでは発売順にご紹介したいと思います。
Herbie Hancock – 『Fat Albert Rotunda』
01.Wiggle-Waggle
02.Fat Mama
03.Tell Me A Bedtime Story
04.Oh! Oh! Here He Comes
05.Jessica
06.Fat Albert Rotunda
07.Lil’ Brother
アルバムの内容
マイルスのクインテットを退団して自身の音楽キャリアを更に進めていこうとする時期のハービー・ハンコックが、ワーナーに移籍した1969年に発表したアルバム『Fat Albert Rotunda』です。
このアルバムは、人気コメディアンのビル・コスビーが手掛けたTVアニメ番組『ファット・アルバート』のためにハービーが提供した音楽が元になっています。
ビル・コスビーがワーナーの役員に番組の音楽を聴かせたところ大変気に入られたようで、第2弾をハービーが好きなように制作していいという特典契約を得たことから始まっています。
もちろんここに収録された7曲は全てハービーの自作曲になります。
こういった一風変わった制作経緯がありながらも、そこはさすが天才ハービー!と言ったところで、”Tell Me A Bedtime Story”のようなその後数多くのカヴァーが制作されることになる名曲を生み出しています。
本作の制作にあたって、ハービーはブルーノート期最後の作品『The Prisoner』と同じようなバンド編成を選んでいます。
基本はピアノを弾くハービーを中心に、サックスのジョー・ヘンダーソン、トランペットのジョニー・コールズ、トロンボーンのガーネット・ブラウンというフロントマン達にベースのバスター・ウィリアムス、ドラムのアルバート・ヒースというリズム隊が加わったセクステット(六重奏)で制作されています。
そこに『The Prisoner』と同じように、数多くのブラス隊が参加して楽曲を盛り上げる形です。
『The Prisoner』の頃から始まったセクステット編成は、その後CBS第一弾となる『Sextant』までメンバーを変えながら続きます。
ある意味では今回ご紹介する3作品と『The Prisoner』、『Sextant』を含む全5作品はセクステット時代のハービーの作品として1つに括ることも出来ますね。
ただ演奏している音楽性があまりにも変わりすぎるので、内容としてはまとまり悪くなってしまいますが……。
さて、本作は僕も特に好きなアルバムなのですが……その理由としてギタリストが参加しているからです!
『The Prisoner』の頃は、ギター抜きのセクステット+ブラス隊だったのですが、本作にはビリー・バトラーとエリック・ゲイルというソウル系のセッション・ギタリストが参加しています。
エリック・ゲイルは言うまでもなく、その後コーネル・デュプリーと共に人気フュージョン・グループのスタッフに在籍することになるギターの名手です。
お気に入りのギタリストです♪
もう1人のビリー・バトラーの方は、オルガン奏者ビル・ドゲットのバンドでギターを弾いていた名手です。
基本はスウィング・ジャズ時代の演奏スタイルにブルースの要素も混ぜたようなタイニー・グライム系の演奏をするギタリストです。
実はコーネル・デュプリーの憧れの人物だったようで、ビリー・バトラーの書いた”Honky Tonk”はコーネルの得意曲になっています。
コーネル・デュプリー本人の模範演奏も収録したギター教則本『Rhytmn & Blues Guitar』でコーネル本人が影響を受けたと語っていました。
コーネル・デュプリー本人の模範演奏も収録したギター教則本『Rhytmn & Blues Guitar』をご紹介します。
また本作にはこの2人のソウル系のギタリストだけでなく、モータウンで数多くの名演を残したベーシストのジェリー・ジェモットにドラムのバーナード・パーディも参加しています。
こういったソウル系のミュージシャンが参加しているだけあって、それまで以上にR&B調の楽曲が増えています。
ちょうどこの時期は、ハービーのミュージシャン仲間でもあるフレディー・ハバードなんかもエリック・ゲイルを起用してR&B系の音楽を録音していましたから、音楽シーン全体がソウルフルな時代だったんですよね♪
さて、1曲目”Wiggle-Waggle”は、さっそくビリー・バトラーのソウルフルなギターリフがかっこいいR&B系の楽曲です。
ギターリフの繰り返しの上で、自由奔放にテナーサックスを吹きまくるジョー・ヘンダーソンのソロがあまりにもかっこいいいです♪
「これってジョーヘンのアルバムだったっけ?」と思いかけた頃、トランペットソロを挟んで主役のハービーがエレピソロを弾き始めます。
大学時代は電気工学を専攻していただけあってか?ハービーはさっそくエレピを使いこなしています。
2曲目”Fat Mama”に進むと「エレクトリック・ピアノでソウルフルな演奏をするにはこうやって弾けばいいんだよ♪」とでも言わんばかりのお手本のような演奏を披露しています。
これら冒頭2曲も素晴らしいのですが、その次の3曲目”Tell Me A Bedtime Story”は更に素晴らしい名曲になっています。
この曲は後にクインシー・ジョーンズのアルバム『Stuff Like That』でハービー本人も参加して新たにアレンジし直されることになる名曲です。
もともと歌メロがしっかりしていたので、その後笠井紀美子さんが歌っていたりもします。
本作では歌メロ部分をジョニー・コールズが、フリューゲルホルンを使って優しく奏でています。
メロディーラインが美しいだけでなく、コード進行も練られている名曲ですね♪
美しい楽曲なので日本での人気も高く、バンドやセッションでもよく取り上げられているようです。
実はこれを書いて言える僕自身も今年この曲をバンド演奏しました。
セッション・メンバーで結成したY.U.R.U. Jamの初ライヴを行いました。
このバンドではサックスがいたので僕はバッキングに徹していましたが、ギターでコードを弾くだけでも楽しい楽曲です♪
実際に自分で演奏してみて、この曲の素晴らしさとハービーの天才的な作曲能力の高さを実感しました。
この名曲を聴くためだけに本作を購入しても間違いないと言えるほどの名曲です。
”Cantaloupe Island”や”Watermelon Man”と並ぶようなスタンダードにまでなったハービーの楽曲のひとつですね♪
美しい名バラードが終わると4曲目”Oh! Oh! Here He Comes”では再度ソウル系のギターカッティングのキレが良いR&B調の曲に移ります。
ジャズファンク曲としても聴けるかっこいい楽曲です。
5曲目”Jessica”は、まるでブルーノート時代の名バラード曲”Speak Like A Child”のような、ハービーのリリカルなピアノ演奏が光る楽曲です。
アルバムタイトル曲の6曲目”Fat Albert Rotunda”は、これまたソウル系のギターカッティングがかっこいいR&B調の楽曲です。
ハービーのエレピソロも、シーケンスフレーズを交えたジャズファンク調の演奏です♪
アルバム最後の7曲目”Lil’ Brother”は、エリック・ゲイルのワウギターのソロも登場するアップテンポのジャズファンク曲です。
今回ご紹介する3作品の中では、本作が一番キャッチーで聴きやすいアルバムとなっています。
アルバム参加メンバーにエリック・ゲイルやジェリー・ジェモット、バーナード・パーディがみられるように、ソウル/ジャズファンク系の聴きやすい楽曲が多いのが特徴です。
名曲”Tell Me A Bedtime Story”以外の曲もおすすめなジャズファンク系のアルバムだと言えます♪
まずは本作から聴いてみて下さい。
Herbie Hancock – 『Mwandishi』
01.Ostinato (Suite For Angela)
02.You’ll Know When You Get There
03.Wandering Spirit Song
アルバムの内容
ワーナー第二弾となる『Mwandishi』は、1971年にリリースされています。
アルバムタイトルにある「エムワンディシ」とは、スワヒリ語で「作曲家」の意味を持っています。
これはハービー本人のことを表していて、本作に参加しているセクステットのメンバー全員にもスワヒリ語の異名が付けられています。
そのことからこの時期のハービーのバンドを「エムワンディシ・バンド」と言ったりもするようです。
先ほどの『Fat Albert Rotunda』は、キャッチーなアルバムだったのですが……本作からハービーの『実験期』に入ります。
時代的にもマイルスが『Bitches Brew』で新しい音楽性を示した後で、多くのジャズバンドが変革期だった頃でしょう。
本作と次の『Crossings』、そしてCBS第一弾の『Sextant』は、似たような音楽を演奏しているので3部作としてご紹介するのが適していたかもしれませんが……今回はレーベルでまとめてご紹介することにしたので、ワーナー時代の2作だけにしています。
『Sextant』については、またいずれということで……。
ちなみに本作のセクステットは、『Fat Albert Rotunda』からメンバーが大幅に変えられています。
その後ハービーのヘッドハンターズにも参加することになるベニー・モウピンがここで登場します。
モウピンは『Bitches Brew』にも存在感抜群で参加していましたね。
あの不気味なバスクラリネットの音色は『Bitches Brew』の魅力のひとつでもあります!
トランペットもエディ・ヘンダーソンに交代しています。
以前このブログでもエディ・ヘンダーソンの『Heritage』をご紹介していましたが……
ハービー・ハンコックから大きな影響を受けたトランペット奏者エディ・ヘンダーソンの『Heritage』を聴こう♪
エディ・ヘンダーソンはこの時期のハービーのバンドに参加してことで多くのことを学んだようです。
その他は、トロンボーンにジュリアン・プリースター、ドラムにビリー・ハートが加わっています。
本作にはたったの3曲しか収録されていませんが、そのどれもが10分を超える長尺曲ばかりで、3曲目の”Wandering Spirit Song”に至っては21分25秒もあります!
1曲目の”Ostinato (Suite For Angela)”の「オスティナート」は、70年代に黒人解放運動を進めた活動家アンジェラ・デイヴィスに捧げられた楽曲です。
アンジェラ・デイヴィスに捧げたと言えば、盲目のシンガー/キーボード奏者のラリー・サンダースが中心となって制作したコンピレーション・アルバム『Free Angela』を思い起こします。
こちらも素晴らしいレア・グルーヴ作品ですので、『黒い音楽』がお好きな方は必聴ですよ♪
本作の”Ostinato (Suite For Angela)”は、『Bitches Brew』のようにモウピンの不気味なバスクラがイントロから登場します。
その周りをハービーの弾くフェンダーローズが舞い、エディ・ヘンダーソンが「なりきりマイルス」といった具合にモロにマイルスなフレーズを吹き始めます。(笑)
いかに『Bitches Brew』が音楽シーンにもたらした影響力が大きかったのか?を知ることが出来ますね。
『Bitches Brew』を知らないで先にこの『Mwandishi』を聴いたとしたら、「こんな実験的なサウンドが40年前からあったんなんて!ハービーって天才だな!」と思えたのですが……残念ながらマイルス・デイヴィスが考え出した音楽性です。
結局マイルスかよ!と今回も言いたくなりますが……(笑)マイルス・デイヴィスの影響力の大きさは否定できません!(もちろん僕は大のマイルス・ファンです。)
はっきり言いますと……本作は『Bitches Brew』のハービー・バージョンにして、『Bitches Brew』になり損ねたアルバムだと言わざるを得ません。
音楽的に悪いところはないのですが……それは『Bitches Brew』の存在を知らなくして聴いた場合のみです。
『Bitches Brew』がお好きな方には直ぐに受け入れられるアルバムだと思うのですが……「それなら『Bitches Brew』を聴いた方がもっとすごいよね?」となってしまうと思います。
実際僕がそうでした。(笑)
マイルスの呪縛から抜け出せないハービーの作品といったところでしょうか……。
本作を聴いていると僕にはハービーの迷いのようなものが感じられるのですが……「私が今までに作ったレコードの中でも、特に気に入ってる1枚だ。」と本人はインタビューで語っていました。
Herbie Hancock – 『Crossings』
01.Sleeping Giant
02.Quasar
03.Water Torture
アルバムの内容
ワーナー最終作となった1972年の『Crossings』は、前作と同じく長尺の3曲が収録されています。
セクステットのメンバーに変わりはなく、前作『Mwandishi』の延長線上にあるアルバムだと言えます。
本作は1曲目の”Sleeping Giant”からさっそく24分39秒もあります!
ドラムとパーカッションによるアフリカンなリズムを中心に2分近くもイントロがありますが……2分26秒まで耐えて下さい!
ハービーのエレピの入り方がとてもかっこいいので、長い時間待った甲斐があったな~!となります。(笑)
ただその後は、またしてもハービー版『Bitches Brew』が始まります……。
キャッチーなジャズファンク系の曲があるわけでもなく、”Tell Me A Bedtime Story”のようなロマンチックなバラード曲があるわけでもありません……。
しかもマイルスの『Bitches Brew』には、たくさんのキメとなるフレーズが用意されていました。
本作にはそのキメもないので、単に自由奔放にやってみた!といった印象も受けます。
実験的ではありながらも、マイルスの呪縛から逃れることが出来ないハービーの作品だと思います。
その後、ハービーがマイルスとは違った独自のジャズファンク路線をヘッドハンターズで進めることになったのは、この時期の2作品で『Bitches Brew』以上のものを作り出すことが出来なかったからなのかな?と思ってしまいます。
以上、【ハービー・ハンコックがワーナー・ブラザース・レコードに残した3枚の名作アルバムを聴こう♪】でした。
今回はワーナー期の3作品をご紹介しました。
ブルーノート時代の作品と比べると必聴の作品群とは言い難いかものは事実です。
またその後CBS時代にヘッドハンターズ関連で作り出すことになるジャズファンク作品と比べても地味な存在と言わざるを得ません。
しかしながら『Mwandishi』と『Crossings』の2作品は、マイルスの呪縛から逃れることの出来ないハービーの実験を垣間見ることが出来る興味深い作品だとも言えます。
また『Fat Albert Rotunda』の方は、キャッチーな楽曲も多く、”Tell Me A Bedtime Story”という名バラード曲が含まれています。
ジャズファンク好きの人にもおすすめできる『Fat Albert Rotunda』は、今回ご紹介している3作品の中でも一番聴きやすいアルバムだと言えます。
まずは『Fat Albert Rotunda』だけでも聴いてみてはいかがでしょうか?