
2020/01/12
モード・ジャズで踊ろう♪ ジャズドラムの名手ロイ・ヘインズの『Cracklin’』を聴こう♪
英国クラブDJに人気の名曲”Dorian”を含むロイ・ヘインズの名作『Cracklin’』をご紹介します。
現在94歳のジャズ界の長老ロイ・ヘインズが若い頃に残した名作を聴いてモード・ジャズで踊ろう♪
1980年代に英国で始まった『ジャズで踊ろう』を象徴するムーヴメントでは、過去にリリースされたけれども目立つことのなかった名作達が脚光を浴びる機会に恵まれました。
当時の英国のクラブDJ達は、それこそこのブログでもご紹介していた『レア・グルーヴ作品』を探し求めるように、歴史の闇に埋もれてしまいそうだったジャズの名作を探し求めたことでしょう。
レア・グルーヴがファンクやソウルだったのに対して、こちらのアシッド・ジャズ・ムーヴメントはその名の通りジャズが中心でした。
その中にはアート・ブレイキーやホレス・シルヴァーが1950年代に残したハード・バップの名作が名を連ねています。
そもそもこの2人がジャズ・メッセンジャーズを組んで『ファンキー・ジャズ』を生み出したことが、その後の『ジャズで踊ろう』ムーヴメントに繋がって行ったんでしょうね。
そういったわけで、僕が思うにこういったジャンルのリズムを基調とするダンサンブルな音楽にはドラムとピアノが重要だったんだと思います。
どちらも広義で言うところの打楽器です。
ピアノはコードを奏でることが出来るのでドラムと違ってハーモニーを演出することが出来ますが、音を出す際に鍵盤を指で叩く必要があります。
そのことを考えるとピアノも打楽器だと言えますね。
そんなドラムとピアノが重要な役割を果たしている名作が今回ご紹介するロイ・ヘインズの1963年の作品『Cracklin’』です。
Roy Haynes With Booker Ervin – 『Cracklin’』
01.Scoochie
02.Dorian
03.Sketch of Melba
04.Honeydew
05.Under Paris Skies
06.Bad News Blues
Personnel:
Roy Haynes – Drums
Booker Ervin – Tenor Saxophone
Ronnie Mathews – Piano
Larry Ridley – Bass
アルバムの内容
現在94歳、今年の3月で95歳を迎えるジャズ・ドラムの名手ロイ・ヘインズは、今も現役のジャズマンです。
古くはチャーリー・パーカーからビリー・ホリデイにマイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクに、あのジョン・コルトレーンとまでも共演した偉大なる人物です。
近年ではパット・メセニーやロイ・ハーグローヴとも共演して元気なドラミングを披露していました。
どうしてもアート・ブレイキーやフィリー・ジョー・ジョーンズなんかと比べると影は薄くなりますが……ロイ・ヘインズも超一流のジャズ・ドラマーです。
僕の好きなジョン・コルトレーンのカルテット期にも、エルヴィン・ジョーンズが薬物の不法所持で捕まっていた時にロイ・ヘインズが代打で参加して名演を残していたりもします。
その様子は1963年のニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演した際の音源を収録した名作『Selflessness Featuring My Favorite Things』で聴くことが出来ます。
この作品に収録されていた1曲目の”My Favorite Things”でロイ・ヘインズがドラムを叩いているのですが、コルトレーンのテンションも高くジャズの歴史に残るような名演として名高いものなので必聴です!
その演奏を聴くとわかると思うのですが、ロイ・ヘインズは「パタパタタ♪」とキャベツを千切りするかの如く細かいビートを叩くドラマーです。
おそらくこういった独特のポリリズムが『ジャズで踊ろう』ムーヴメントにおけるクラブDJがロイ・ヘインズの作品を好んだ要因のひとつなんでしょうね。
さて、本作『Cracklin’』はそういったロイ・ヘインズのドラミングも人気のひとつだと言えますが、もうひとつ注目すべき点が2曲目に収録された”Dorian”という楽曲です。
1曲目の”Scoochie”こそ、まるでフィリー・ジョー・ジョーンズのようなドラムのイントロで始まるハード・バップ曲でしたが、この”Dorian”では一転してジョン・コルトレーンが好みそうなマイナー調のワルツタイムの楽曲が始まります。
俗にいう『モード・ジャズ』です。
マイルス・デイヴィスが1959年に歴史的名盤『Kind Of Blue』で提示した『モード・ジャズ』は、その名前通りに一つの音階(モード)を中心に作られたジャズのことです。
この曲だとそのまま「ドリアン・モード」ということになります。
この「ドリアン・モード」は、メジャースケールを第2音から並べ直した音階のことで、主にマイナー調の響きが特徴的です。
ジャズにおいてはとても重要なマイナーの音なので頻繁に使われるスケールでもあります。
マイルス・デイヴィスの名曲”So What”でもこの「ドリアン・モード」を使ってアドリヴ演奏をすることになります。
またジャズの曲だけでなく、例えばB.B.キングの”The Thrill Is Gone”なんかでもドリアン・スケールを用いてソロを弾くと、哀愁溢れる良い演奏が出来ます。
詳しい人体学的なことは僕には「眼光紙背に徹する」って感じで説明することはできませんが……おそらく人間の琴線に触れるような音階がこの「ドリアン・モード」なのでしょうね。
この”Dorian”という曲が人気の理由のひとつが「ドリアン・モード」による哀愁なんだと言えるでしょう。
そしてもうひとつ、『モード・ジャズ』の特徴として、特定の音階にこだわるだけでなく、通常の4/4拍子とは違ったワルツや変拍子を用いているという点です。
日本のクラブ・ジャズ・シーンではいまいち『モード・ジャズ』は流行らなかったようなのですが、英国ではこういった『モード・ジャズ』の変拍子が当たり前のように受け入れられていたようです。
彼らはワルツや変拍子のジャズを聴いて踊り狂ったことでしょう。
厳密にはモーダルではないコード進行の楽曲でも、こういった4/4拍子とは違ったワルツや変拍子の楽曲の事を広義で『モード・ジャズ』と呼ぶことさえもあるようです。
どうしても日本人の音楽好きの方は「ジャンル分けにこだわり過ぎる」人がいらっしゃるかと思うのですが……その辺は僕も英国人のように「あいまいな感じ」でも良いかと思います。
そういったわけで、このマイナーワルツの美しい楽曲”Dorian”は、普段の仕事に疲れた英国の労働階級の心を優しく癒したことでしょう。
ハード・バップの激しいビートに疲れた人たちにとっては最適な楽曲だったんでしょうね♪
さて、この曲を書いたのは本作にも参加しているジャズ・ピアニストのロニー・マシューズです。
先ほど僕は、『モード・ジャズ』においてドラムとピアノが重要だったと書いていたのですが、本作でそのピアノを担当するのがこのロニー・マシューズです。
“Dorian”でも彼の弾く繊細で軽やかなピアノのタッチがなんとも印象に残ります。
フロントでメインのメロディーを奏でるブッカー・アーヴィンのサックスよりも、むしろロイ・ヘインズのドラミングと絶妙のコンビネーションを見せるロニー・マシューズのピアノ・コンピングこそがこの曲の最大の魅力だと僕は思っています。
例えばジョン・コルトレーンのオリジナル録音の”My Favorite Things”にしても、トレーンの慣れないソプラノ・サックスのメロディーラインよりも、むしろあの録音の最大の魅力はエルヴィン・ジョーンズとマッコイ・タイナーのリズムにあったと思います。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴのサックス奏者ロスコー・ミッチェルも「”My Favorite Things”の最大の魅力はイスラム教徒だったマッコイ・タイナーが弾く力強いピアノのリズム感」だと分析していました。
そのことがこの”Dorian”でも感じられます。
アルバムのジャケットにこそ知名度のあったブッカー・アーヴィンの名前が本作のリーダーであったロイ・ヘインズと共に記載されていますが、本作のもうひとりの主人公はロニー・マシューズだと感じます。
そんあロニー・マシューズは、もう1曲””Honeydew”という楽し気なジャズ・ロック曲も提供しています。
その他にも本作にはランディ・ウェストン作の美しいバラード曲”Sketch Of Melba”や、ユベール・イヴ・エイドリアン・ジローが書いたシャンソンの名曲”Under Paris Skies”のようなカヴァー曲も取り上げられています。
そしてアルバム最後には、本作におけるロイ・ヘインズ唯一の自作曲”Bad News Blues”も収録されています。
ハード・バップ→モード・ジャズと始まって美しいバラード曲やジャズ・ロックを含む流れから、何の変哲もない基本的なジャズ・ブルース曲で終わるのがなんとも粋ですね♪
どうしても『ジャズで踊ろう』ムーヴメントの流れから”Dorian”を中心に語られることの多い本作ではありますが、他に収録されている5曲も良い曲ばかりですので、隠れた名作として聴いてみてください。
しかしこういった隠れた名作が今こうやって僕らが簡単に聴くことが出来るのも、英国で起こった『ジャズで踊ろう』ムーヴメントのお陰なのかもしれませんね⁉
僕も含めジャズ好きの一番嫌いそう(苦手そう)な場所……『クラブ』のお陰で忘れ去られそうになっていたジャズの名作が世に出るのはなんとも皮肉ですね。(笑)

以上、【モード・ジャズで踊ろう♪ ジャズドラムの名手ロイ・ヘインズの『Cracklin’』を聴こう♪】でした。
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