
2024/11/20
1981年邦楽ランキング!名曲ベスト10で当時の音楽シーンを振り返る

懐かしの1981年邦楽ヒット集!名曲10選と当時の音楽シーンを振り返る
1981年は昭和の邦楽シーンにおいて、数々の名曲が生まれた特別な年です。
この年のヒット曲は、歌謡曲や懐メロとして今も多くの人々に愛され続けています。
当時の音楽は、日本独自の感性が色濃く反映されており、その中でも特に人気を集めた楽曲は、昭和の時代を象徴するものと言えるでしょう。
今回は、1981年の邦楽ヒット曲をランキング形式でご紹介し、それぞれの曲の魅力や背景を振り返ります。
懐かしい昭和の音楽シーンをもう一度感じたい方や、当時を知らない方にも楽しんでいただける内容になっています。
1981年の大ヒット邦楽ランキング!今も愛される名曲10選
下記が今回ご紹介する1981年にヒットした邦楽曲のベスト10の一覧です。
- 10位:「風立ちぬ」 – 松田聖子 詳細↓
- 9位: 「守ってあげたい」 – 松任谷由実 詳細↓
- 8位: 「まちぶせ」 – 石川ひとみ 詳細↓
- 7位: 「長い夜」 – 松山千春 詳細↓
- 6位: 「ハイスクールララバイ」 – イモ欽トリオ 詳細↓
- 5位: 「メモリーグラス」 – 堀江淳 詳細↓
- 4位: 「街角トワイライト」 – シャネルズ 詳細↓
- 3位: 「夏の扉」 – 松田聖子 詳細↓
- 2位: 「ルビーの指環」 – 寺尾聰 詳細↓
- 1位: 「スニーカーぶる~す」 – 近藤真彦 詳細↓
※このランキングは当ブログ独自の結果になります。
これらの楽曲は、当時の日本の音楽シーンを彩っただけでなく、現在も多くの人々に親しまれています。
それでは10位から順番にご紹介していきます。
10位: 「風立ちぬ」 – 松田聖子
「風立ちぬ」は、1981年10月7日にリリースされた松田聖子の7枚目のシングルです。
この楽曲は、松田聖子の歌手としての幅広い表現力を感じさせる作品で、作詞を松本隆、作曲を大瀧詠一という豪華なタッグが手掛けました。
歌詞とメロディの繊細な調和が特徴で、秋の風景と切ない感情を描いた内容が心に残ります。
この楽曲は、大瀧詠一が得意とするナイアガラサウンドを取り入れたアレンジが特徴で、松田聖子の透明感ある歌声と絶妙にマッチしています。
特にイントロの美しいストリングスや、軽やかなリズムの中にも哀愁を感じさせるメロディがリスナーを魅了しました。
また、松本隆の詩的な歌詞が、恋心と季節感を見事に表現しており、歌謡曲としての完成度を高めています。
「風立ちぬ」がヒットした理由は、松田聖子の人気絶頂期にリリースされたことに加え、楽曲そのもののクオリティの高さにあります。
秋の季節感を漂わせる歌詞と、心地よいサウンドが多くのファンの共感を得ました。
この曲は歌謡曲にとどまらず、シティポップの要素も含んでおり、当時の音楽シーンに新しい風を吹き込む存在となりました。
「風立ちぬ」は、松田聖子の楽曲の中でも特に評価が高く、現在でも多くの人に愛され続けています。
その普遍的な魅力は、秋をテーマにした名曲として、日本の音楽史に輝く存在です。
1981年にリリースされた4枚目のアルバム『風立ちぬ』に収録されています。
9位: 「守ってあげたい」 – 松任谷由実
「守ってあげたい」は、1981年6月にリリースされた松任谷由実の代表的な楽曲の一つです。
この曲は、1981年に公開された角川映画『ねらわれた学園』主題歌として使用され、幅広い世代から支持を受けました。
リリース後すぐに注目を集め、松任谷由実のキャリアを象徴するヒット曲となりました。
柔らかく包み込むようなメロディに、愛する人を守りたいという温かい気持ちが込められた歌詞が特徴です。
この曲がヒットした背景には、いくつかの要因があります。
まず、松任谷由実特有の詩的で心に響く歌詞が、聴く人の共感を呼びました。
特に、日常の中にある優しさや愛情を歌った内容は、多くの人に安心感を与えたと言われています。
また、彼女のクリアで美しい歌声が楽曲全体を引き立て、リスナーに強い印象を残しました。
さらに、当時の音楽シーンにおいても新鮮なサウンドとして注目を浴びました。
ポップスとシティポップの要素を融合させたアレンジが、現代的でスタイリッシュな印象を与え、多くのファンを惹きつけました。
この曲は、松任谷由実の人気をさらに高めると同時に、彼女が日本の音楽シーンをリードする存在であることを強く印象付けました。
現在も「守ってあげたい」は多くの人に愛され続け、松任谷由実の楽曲の中でも特に親しまれている名曲です。
1981年にリリースされた12枚目のアルバム『昨晩お会いしましょう』に収録されています。
8位: 「まちぶせ」 – 石川ひとみ
「まちぶせ」は、1981年に石川ひとみが歌った楽曲で、彼女の最大のヒット曲となりました。
この曲は、1976年に荒井由実(後の松任谷由実)がセルフプロデュースでリリースした同名の楽曲をカバーしたものです。
恋心を秘めた主人公の切なさと緊張感を描いた歌詞が特徴で、石川ひとみの清らかで透明感のある歌声によって、新たな魅力を与えられました。
楽曲の歌詞は、かつての恋人への再会を待つ女性の視点から描かれています。
その感情の揺れや思いを具体的かつ繊細に表現しており、多くのリスナーに共感を与えました。
また、メロディはシンプルながらもキャッチーで、耳に残るフレーズが印象的です。
「まちぶせ」がヒットした理由は、石川ひとみの親しみやすいイメージと相まって、幅広い層から支持を得たことにあります。
当時、石川ひとみは清純派アイドルとして絶大な人気を誇り、この楽曲の切ない恋のストーリーと彼女のイメージが見事に合致しました。
また、原曲が持つ完成度の高さに加え、アレンジが1980年代らしい明るさとポップさを取り入れたことで、新鮮さを感じさせました。
「まちぶせ」は今もなお、幅広い世代に愛されており、恋愛ソングの定番として語り継がれています。
石川ひとみの代表曲として、音楽ファンにとっても欠かせない一曲となっています。
1981年にリリースされた5枚目のアルバム『まちぶせ』に収録されています。
7位: 「長い夜」 – 松山千春
「長い夜」は、1981年にリリースされた松山千春の10枚目のシングルにして異色のロック調の曲です。
ギタリストの松原正樹が弾くメロディアスなエレキギターの伴奏に、松山千春の力強い歌声が響き渡るこの曲は、恋愛の切なさや心の葛藤を歌った歌詞が特徴です。
恋愛の痛みを素直に歌い上げるその感情のこもった歌声が、多くの人々に共感を呼び、ヒット曲となりました。
この曲がヒットした理由は、その感情的な歌詞と松山千春の素朴で力強い歌唱スタイルにあります。
1980年代初頭、日本ではバラード曲が多くの人々に親しまれ、特に松山千春のようなシンガーソングライターの音楽は、心に響く歌詞とともに大きな人気を集めました。
また、この曲は日本のラジオやテレビで頻繁に流れ、特に夜の時間帯にぴったりな切ないメロディがリスナーの心をつかんだことも、ヒットの要因です。
「長い夜」は、その後も松山千春のコンサートなどで歌い継がれ、今でも多くの人に愛され続けている名曲です。
恋愛の儚さと強さを表現したこの曲は、松山千春の音楽性を象徴する一曲として、昭和の名曲に名を連ねています。
1981年にリリースされた2枚目のシングル・コレクション『起承転結 II』に収録されています。
6位: 「ハイスクールララバイ」 – イモ欽トリオ
「ハイスクールララバイ」は、1981年8月5日にリリースされたイモ欽トリオのデビュー曲です。
イモ欽トリオは、テレビ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』から生まれたユニットで、、山口良一(ヨシオ)、西山浩司(ワルオ)、長江健次(フツオ)の3人によるパフォーマンスが注目を集めました。
この楽曲は、コミカルな歌詞とノリの良いディスコ風のリズムが特徴で、バラエティ番組発の楽曲として一世を風靡しました。
この曲がヒットした理由は、メンバーそれぞれの個性的なキャラクターとコミカルな振り付けが視覚的にも楽しめる要素となり、当時の若者から子供、さらには家族層まで幅広い支持を集めました。
さらに、『欽ドン!』という番組の人気が、この曲の大ヒットを強力に後押ししました。
当時、欽ちゃんこと萩本欽一が手掛ける番組は国民的な人気を誇り、その影響力がイモ欽トリオの認知度と楽曲の注目度を一気に高めました。
「ハイスクールララバイ」はコミックソングの代表作として、1980年代の日本の音楽シーンにユニークな足跡を残しました。
現在でもテレビやイベントなどで取り上げられることが多く、当時の楽曲としてノスタルジーを感じさせる名曲の一つです。
1981年にリリースされたイモ欽トリオの唯一のスタジオ・アルバム『ポテトボーイズNo.1』に収録されています。
5位: 「メモリーグラス」 – 堀江淳
「メモリーグラス」は、1981年にリリースされた堀江淳のデビュー曲です。
この楽曲は、デビュー作品ながらオリコンチャートでトップ10入りを果たす大ヒットとなり、堀江淳の最大のヒットシングルとなりました。
切ない恋心を描いた歌詞と、堀江淳の柔らかくも哀愁漂う歌声が特徴的な楽曲です。
曲の内容は、失恋の痛みや未練をお酒に例えた情緒的なもので、特に「グラスに注ぐ思い出」という表現が印象的です。
この比喩表現は、当時の若者から大人まで幅広いリスナーに共感を呼びました。
堀江淳の落ち着いたボーカルスタイルとシンプルなアレンジが、歌詞の世界観をより引き立てています。
「メモリーグラス」がヒットした理由の一つは、その独特の世界観にあります。
当時の歌謡曲には珍しく、ジャズやフォークの雰囲気を取り入れたアレンジが新鮮さを感じさせ、多くの人の耳に残る楽曲となりました。
また、堀江淳が楽曲制作にも携わったことで、歌詞とメロディが自然に調和し、完成度の高さが評価されました。
この曲は、リリースから40年以上経った現在でも多くの人に愛され続けています。
カラオケの定番曲としても親しまれ、その普遍的な魅力が語り継がれています。
「メモリーグラス」は、日本の歌謡曲史における名曲の一つとして、今も色あせることなく輝きを放っています。
1981年にリリースされたデビューアルバム『硝子通り』に収録されています。
4位: 「街角トワイライト」 – シャネルズ
「街角トワイライト」は、1981年2月にリリースされたシャネルズ(後のラッツ&スター)の3枚目のシングル曲です。
この楽曲は、彼らの特徴であるドゥーワップ・スタイルを基調としたサウンドに、ポップスの要素を絶妙に取り入れた作品となっています。
甘いメロディと恋愛模様を描いた歌詞が、聴く人の心を引きつけ、彼らの魅力を存分に感じられる一曲です。
この曲がヒットした理由の一つは、シャネルズが持つ個性的な世界観にあります。
当時の日本の音楽シーンでは珍しかったアメリカン・オールディーズ風の楽曲を、本格的なパフォーマンスとともに提供したことで、
多くのリスナーを魅了しました。
また、メンバーの黒塗りメイクという独特のビジュアルスタイルも話題となり、音楽とビジュアルの両面で注目を集めました。
さらに、リーダーの鈴木雅之さんの深みのある歌声と、コーラスメンバーが奏でる厚みのあるハーモニーが、この楽曲を一層印象深いものにしています。
「街角トワイライト」は、発売から瞬く間に多くのファンを獲得し、1981年を代表するヒット曲の一つとして、彼らのキャリアを支える重要な楽曲となりました。
シャネルズが創り上げた音楽の新しい価値観は、現在でも多くの人々に愛されており、「街角トワイライト」はその象徴とも言える楽曲です。
1981年にリリースされた2枚目のアルバム『Heart & Soul』に収録されています。
3位: 「夏の扉」 – 松田聖子
「夏の扉」は、1981年4月21日にリリースされた松田聖子の5枚目のシングルです。
この楽曲は松田聖子のアイドルイメージをさらに確立させた代表曲の一つであり、彼女の人気を不動のものとした作品です。
作詞を三浦徳子、作曲を財津和夫が手掛けたこの楽曲は、夏の訪れを明るく爽やかに描きながらも、恋する気持ちや成長する自分を感じさせる内容になっています。
この曲がヒットした理由の一つは、キャッチーで覚えやすいメロディと元気あふれる歌詞にあります。
「夏の扉を開けて」というフレーズは、青春や新しい季節への期待感を象徴しており、多くの若者の心をつかみました。
また、松田聖子の清楚で愛らしい歌声と、当時のアイドルとしての絶大な人気が相まって、幅広い層から支持を集めました。
さらに、この楽曲は夏をテーマにした曲として、季節感のあるアレンジが際立っています。
明るいアップテンポのリズムとともに、聴く人の気分を一気に夏へと引き込む力があります。
そのため、リリース当時だけでなく、現在も夏になると多くの人に親しまれています。
「夏の扉」は松田聖子の代表曲としてだけでなく、1980年代の日本のアイドルソングを象徴する一曲です。
彼女の楽曲の中でも特に人気が高く、今なお愛され続けています。
1981年にリリースされた3枚目のアルバム『Silhouette 〜シルエット〜』に収録されています。
2位: 「ルビーの指環」 – 寺尾聰
「ルビーの指環」は、1981年2月5日にリリースされた寺尾聰の6枚目のシングルで、同年のオリコン年間ランキング1位を獲得した大ヒット曲です。
この楽曲は、ジャズやシティポップの要素を取り入れたメロウで洗練されたサウンドが特徴です。
歌詞は大切な人との別れをテーマにしたもので、深い感情と大人の哀愁が描かれています。
作詞は松本隆、作曲は寺尾聰本人が手掛け、歌詞の文学的な表現と楽曲のクールな雰囲気が絶妙に調和しています。
この曲が大ヒットした理由は、その斬新なスタイルと日本の音楽シーンにおける新しい方向性を示したことにあります。
当時、寺尾聰は俳優としても活躍しており、そのダンディで知的なイメージと曲の内容が見事にマッチしました。
また、ドラマ『西部警察』での役柄とも重なり、多くのファンから支持を集めました。
さらに、「ルビーの指環」はオリコンチャートで12週連続1位を記録し、1980年代の音楽史に名を刻みました。
シンプルながらも印象的なメロディと、大人のリスナーを魅了する歌詞が、幅広い層に受け入れられた理由の一つです。
この曲は現在も時代を超えて愛されており、日本の歌謡曲を象徴する名曲として知られています。
1981年にリリースした初のオリジナル・アルバム『Reflections』に収録されています。
1位: 「スニーカーぶる~す」 – 近藤真彦
「スニーカーぶる~す」は、1980年12月12日にリリースされた近藤真彦のデビューシングルです。
作詞を松本隆、作曲を筒美京平が手掛けたこの楽曲は、ジャニーズ事務所所属の近藤さんがアイドル歌手として華々しくデビューを飾った記念碑的な作品です。
東宝映画『青春グラフィティ スニーカーぶる~す』の主題歌にも起用され、1981年のオリコン年間ランキングで第3位を記録するなど、大ヒットとなりました。
この曲がヒットした背景にはいくつかの要因があります。
まず、当時の若者文化を反映した歌詞と、ポップでキャッチーなメロディが挙げられます。
スニーカーというアイテムを象徴的に取り入れた内容は、時代のファッションやライフスタイルと共鳴し、多くの若い世代から支持を集めました。
また、近藤真彦自身の魅力も大きな要因です。彼の爽やかなルックスと力強い歌声が、ファンの心をつかみ、デビュー直後から圧倒的な人気を獲得しました。
さらに、当時の音楽シーンをリードしていた筒美京平と松本隆の黄金コンビによる楽曲制作も、ヒットを後押ししました。
この曲はアイドルソングでありながらも、楽曲としての完成度が高く、今なお多くの人々に愛されています。
「スニーカーぶる~す」は、近藤真彦が1980年代を代表するアイドル歌手として活躍するきっかけとなっただけでなく、日本の歌謡曲史に残る名曲の一つとして知られています。
1981年にリリースされたデビューアルバム『Thank 愛 You』に収録されています。
以上、【1981年邦楽ランキング!名曲ベスト10で当時の音楽シーンを振り返る】でした。
1981年の邦楽ヒット曲ランキングを通じて、昭和という時代の豊かな音楽文化や、その中で生まれた名曲の数々を振り返りました。
これらの歌謡曲は、単なる懐メロにとどまらず、今もなお多くの人々の心に残り続けています。
当時の日本独自の音楽トレンドや、時代背景とともに楽しむことで、これらの名曲が持つ本当の魅力を再発見できるのではないでしょうか。
今回ご紹介した10曲をきっかけに、昭和の音楽シーンに触れる機会をぜひ作ってみてください。
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